西川かおりの最近

漫画家西川かおりのあまり刺激のない日常をお届けするぬるいブログです。
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義仲・義高・海野幸氏


木曽義仲がなぜ上田市のイベントに登場するのか?というと、平家物語にも出てくる義仲の居城「依田城」が上田市丸子地区にあるからです!上田市民でも知らない人が圧倒的ではないでしょうか。

大切なことだからもう一回言っておこう!

木曽義仲の居城・依田城は 上田市にある!!!

「木曽」という名字から義仲はずーっと木曽にいたように勘違いされていますが、義仲は早い時期から信濃国各地に勢力を伸ばしていて、諏訪大社の絵詞にも「義仲は諏訪大社の婿だった」という記述があります。また清水義高は海野氏の娘山吹との間にもうけた子ですが、挙兵時に少なくとも12・3歳以上だったことから、東信地方への進出もそのぐらいの時期にあたると推定できます。

海野氏の嫡男である「海野幸氏」は、清水義高の幼なじみで、義高が源頼朝の人質として遠い鎌倉に送られる際、付従いました。義仲の死後、義高の命が狙われるようになると、幸氏は自らおとりとなって鎌倉幕府の武士たちの目を欺き、義高を逃亡させます。
その作戦は失敗に終わり、義高は命を落としますが、海野幸氏の果敢な振る舞いは源頼朝を感動させ、御家人として重用されることになります。「吾妻鏡」「曽我物語」さまざまな文献で「海野幸氏」の名はその後も語られています。そして幸氏は木曽義仲残党の保護者として、群馬県北部などに所領をあたえられますが、のちの真田氏の沼田城につながっています。


歴史とは、点ではなく、様々な点がつながり線となっています。

真田氏の隆盛の前には、海野幸氏の御家人としての活躍があり、海野氏が歴史に現れたのは義仲との関わりがあったからでした。

「真田出陣ねぷた」に義仲が登場することで、歴史のつながり、深みというものを感じてもらえるきっかけになればうれしいです。

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■新人物往来社「乙女の平家物語」4コマ漫画担当(2011年12月発行) ■義仲巴広域連携推進会議「義仲・巴出世街道マップ」イラスト・本文・伝承地調査・地図作成を担当。(2011年10月石川県追加改訂版発行) ■富山県「まんがでわかる義仲巴と越中武士団」漫画・解説ページ(2010年発行) ■北日本新聞社「乱世を駆ける 木曾義仲と巴御前」 義仲の生涯に関して執筆。(2010年1月発行) ■講談社デジタル「ワガママな野獣やぁん2巻」 連載の08年8月〜09年7月分収録。 「ぷるるん無双」も入ってます。(2009年12月発行)
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